かみつれの闘病・育児ブログ

待望の第一子妊娠!と思ったら、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)になっちゃった!そんな私の闘病や育児の記録。同じ病気の方の参考になれば幸いです。

長期入院でメンタルがやられた日

入院当初、はじめての入院の割には精神状態が安定していたように思います。

どこか痛いとか辛いと言った自覚症状もなく、赤ちゃんの発育も問題なかったこと、また自分自身医療機関で働いていた経験があったので「病院ってこういうところ」という基礎知識があったこともあり、大きな不安を感じることもなく入院生活を過ごしていました。

 
ですが、入院して4週間が経ったある日、急に落ち込んで涙が止まらなくなることがありました。

その日は、シャワーの予約枠が満杯でお風呂に入れないことが朝から確定し、数日前からの軽いめまいで頭がクラクラし、朝からついてないな、と思っていました。

私はその時、妊娠25週になっており後3週間もすれば安定期が終わってしまうことにも少なからずショックを受けていました。1人で身軽に動ける最後の時を入院に費やしてしまったことにもったいなさを感じていたんだと思います。

そして、大部屋でお隣のベットに入っていた人が私よりも後から入院して、私よりも先に退院していくことが聞こえた瞬間、急に涙が出てきてどうしようもなく悲しくなってしまいました。

ちなみに、お隣のベットの方は私とは別の病気で、特に会話もしたことがなければ接点もなく、自分でもお隣の方を意識してきたことはなかったつもりでした。

そして、これが入院中最大のストレスだったと思うのですが、毎日病棟の掃除をしてくれているある清掃員の方に顔を合わせるたびに「まだ入院続くの?大丈夫、若いから絶対良くなるわよ」と言われるのがだんだん辛くなってきて、毎日顔を合わせないようになるべく避けて通ることに苦痛を感じるようになっていました。

 
そんな、ひとつずつ書き出したら本当に些細なことばかりだったのですが、入院4週目のその日、その些細な物事に心が耐えられなくなって、朝から訳もなく泣いて過ごしていました。

周りに迷惑をかけないように、顔にタオルを当てて声を押し殺して泣いていたのですが、少し落ち着いてトイレに行ったところで顔見知りの患者さんと遭遇しました。

その方は私が入院して大部屋に入った際にお隣のベットにいた方で、1週間程度で治療が終わり退院されていたのですが、また治療のためその日から入院になったそうでした。

私よりも闘病歴がずっと長くて、でもいつも朗らかで誰にでも親切で人当たりの良い方で、私もお世話になった方でした。

お久しぶりですね、なんて挨拶をしながら、私の入院が4週間経ってまだ退院の目処も立っていないことを話すと、その方は「それは精神的にも辛いでしょう、大丈夫?」と聞いてくれて、まさに精神的に大丈夫ではなくなってしまっていた私は病棟のトイレのほとんど赤の他人と言ってもいいその方の前で号泣してしまいました。

その時、その方が私にかけてくれた「私たちにはどうすることもできないものね」という言葉が、私にとって一番の慰めでした。

家族や友人や周りの人から「大丈夫、きっと良くなるよ」「頑張れ」と言われて、私自身もそう信じて入院生活を送っていたけど、心の奥底には病気に対して自分自身の努力ではどうすることもできない無力感があったのかなと思います。

その方と僅かな時間でも話をして、どうすることもできないのは私だけじゃないんだと思ったら、少し気が楽になりました。

と言っても、すぐに切り替えられるほど器用でもないので、その日は夫にお見舞いに来てもらい、今朝の悲しい気持ちを聞いてもらい、子供の名前候補を発表し合い、普段は血糖値が上がるからと我慢しているお菓子を解禁したりして、なんとか気持ちをフラットにしようと努めました。

 

結局、私はその後さらに2週間入院し、入院6週間目でようやく退院することができました。退院した今になって振り返っても、この日が一番精神的に辛かったと思います。

「頑張れ」とか「絶対良くなるよ」という言葉は自分のメンタルが元気な時には励ましと受け取れるけど、落ち込んでいる時には追い打ちをかける言葉だな、というのを身をもって実感しました。もちろん、言った方に悪気があるわけではないのはわかってるし、自分も逆の立場だったら言ってしまいそうだな、と思うけど。

 

ありがたいことに、入院中たくさんの友達から励ましの連絡をもらいましたが、その中でも本当にうれしかったのは、仕事帰りの電車から何気ない近状や笑い話を聞かせてくれたり、Twitterでしょうもないやりとりをしてくれる友達の存在でした。

「頑張れ」って言葉にしなくても、私のことを心配して励まそうとしてくれているのを感じていました。

 

今回の入院を通じてわかったことは、病気になった本人はどんなに表面上元気そうに見えたとしても心の中に無力感を感じている可能性があるということ。そして、そういう人を励ましたいと思うのなら、無責任な「頑張れ」よりこれまでと変わらない関係や楽しみを共有することが一番の励ましになるということでした。

長期入院は本当に大変な経験でしたが、元気だった時には気付かなかった人の優しさに触れた瞬間でもありました。今後、私の周りでも同じような状況に置かれた人がいたら、私が出会った患者さんや友達のような気遣いができるようになれたらいいなと思います。